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2016年7月31日 (日)

あらためて感謝の弁

7月29日(金)新田恵ソプラノリサイタル「なにか大切なこと」

盛況のうちに、終了いたしました。

ありがとうございました。

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昼間に、リハーサル。夜に、本番。

ぜんぶ弾ききり、歌い切り、踊り切った共演者の皆様には驚嘆!

わたしは、リハーサルで書こうと頑張りすぎて

いざ本番で書けないと困るから、リハーサルでは書くつもりはなく

あらかじめ書いたものを練習用に持っていたのですが

長沼真美さんのピアノがぽろん、

新田恵さんの輝ける美声がふわっと響いた瞬間

もう書いていたー!

なんだかどんどん行ける感じだったけど、セーブして、

『自分の限界との闘い』『天使と人間』

の2作だけ書きました。

何を隠そう、このお題はバレリーナ石川寛子さんから。

舞台上で大谷亮介さんがいざ朗読!というとき、

実は寛子さん、出番と出番の間でお着換え中でした……!!!

リハーサル終了後、ききそびれちゃった!と悔しがる寛子さんに

「大谷さんに頼んだら、きっと寛子さんのために読んでくれますよ!」

とけしかけてみたところ

女性楽屋にきて、ほんとに読んでくださった!

本番と同じ良いお声で!2本とも!

美しきバレリーナに捧げる詩を尊敬する俳優が、当のバレリーナを前にして朗々と!

それを俳優教室時代の後輩で、今回ものすごく久しぶりの共演になった

片山テルヤさんがなんだか立派なカメラで激写!

あーあの写真、ぜったい後でもらおう、と頭の片隅で思う私。

日常の想像力をはるかに超えた驚異体験だった……!

これを生きててよかったと言わずしてなんと言う!

ひゃー!嬉しかった。天にも昇る心地とはこのこと。

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そんなリハーサルを終えて、夜の本番。

お題用紙は多すぎず少なすぎず、ぴったりいい感じに集まりました。

パニックしないよう気を付けながら目を通し、

(とっても心温まる優しいお題が多かったです。
「ひねったお題や知らない言葉ばかりで書けるものがなかったらどうしよう」
という心配は杞憂でした)

原稿用紙にペンを置く前に、メモ用紙に運筆の練習をし、

「大丈夫」とおまじないの字も書いて

(いつも一枚目は緊張してマスの中に字が書けないんです)

落ち着いて、書きました。

我ながら、用意周到!と思った。

【本番で書いた詩】

(大谷さんに朗読していただけたもの)
『いつまでも いつまでも』
『本』
『生まれてきた理由』

(朗読はできなかったけど原稿をお渡しできたもの)
『一人旅』
『信じるということ』
『私、何をしたらいいんだっけ?』
『キムチ』
『妄想』
『元気を下さい。』

目を上げると、はっきりとではないけれど会場のお客様の姿が見えた。

あったかーーーいものが強烈に伝わってきた。

原稿用紙に目を落としている時も、

詩人の部屋自体がすっぽりと音楽の中に包み込まれていて……

パイプオルガンが鳴っている時は特に、そうじゃなくても、

すばらしい音楽ホールの全体の響きの中に、文字通りいるんだから

そりゃすごいんです。

書けなくなったらあの部屋を借りに行きたい、ってくらい

そりゃあ、書けます。あの部屋は書けます。

たぶんちょっとした病気だったら治ると思うよ。

全部共鳴してたはず。わたしも、万年筆の中のインクも。

ほんとすごい。

素晴らしい時間だった……

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そんなこんなで本番終えて、ぼーっとしつつ

お客様に原稿を直接お渡しすることができて

とっても嬉しかった。

さらにさらに、ぼけーっとなって、ぐだぐだになりながら、お片付け。

気づいたらロビー周りのスタッフのみんなが
もたもたと荷造りするわたしを取り囲んで励ましてくれていたりもしました

(あれは励ましだったと思うんだけどどうかしら?
 そうじゃなくて不思議な生物の観察だったのかしら?)

Atou1607illust_51そしてそして、もちろんそれだけでは終わらない本番の日。

打ち上げに出かけて、日付が変わるまでワイワイして

最初から家に帰ることを諦めて予約しておいたホテルにチェックイン。

眠ったのは何時だったかよくわかりません。

いつもお話ライブや詩人の部屋のあとは

とってもしあわせで

感謝でいっぱいになるけど

今回は、自分の催しじゃないだけに、

いつもと違う重責感があったり

それをカバーして余りある、がしっと熱く支えられてる感があったりして、

それに、こういうことがなかったらありえなかった出会いや、再会があったりして

なんかもう全部が奇蹟みたいで

いや、えんげきやってると、舞台は全部奇蹟だって知ってるけど

その中でもこれまでで一番「自分がやった」という割合が低くて

なんかもう、ひたすらありがたや……としか言いようのない感じでした。

それに、自分にもなんだか「ありがとう」という感じがした。

自分というか、自分の身体に、ですね。

詩をつくることは、いくらでもできるといえばできるけれど

自分をそこまで運んで、そこにいて、紙に字として表すことは

身体がやるので、身体って自分が動かしているようで

自分が動かしてる部分なんかほとんどないわけで

今日も生きてくれて、最後まで覚醒して、チャンネルを開いていてくれて

あの小さな大きな部屋で、じっと座って、書いてくれて、

なんだか、すごいなあって、思ってしまいました。

これはちょっと、初めての感覚だった。

そんな一日の締めくくり、なんと打ち上げの席で、人生最大のサプライズが発生!

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『月の娘』の作曲者でもあり、ピアニストとしてもご出演の猪間道明さんが

わたしの小さな詩集にいれた一篇『青空』に、

なななな、なんと曲をつけてくださっていたのであります!

楽譜をさらりとくださって、目が真ん丸!

普通の楽譜ならがんばれば読めるけど、こ、こ、これは、難しい、ということしか読めん!

パニックを起こして懇願したら、猪間さんはほんの少し歌ってくれたけど、

「あとは、また……」と爽やかに去って行ってしまった。

ふぎゃ―!なにか美しいものが目の前にあるが、味わい方がわからぬ!

こんな恐ろしい目にあったことがない!

そしてまた、作家や詩人と作曲家、こんなにも違うのかと思わされました。

詩や戯曲も「読みにくい」「読んでもわからない」と言われたり、

思い込まれたりすること多いですけど、

楽譜はそんな生易しいものではなく、「一般人には読めない」んですからどうにもならない。

わたしピアノ習ってたから、オタマジャクシがひとつもわからんというほどのことはないんです。

でも、これは読めん……!

ショックだった。

作曲家って、こんな孤独の中で、お仕事なさってるんだな。

演奏家と作曲家の関係って、劇作家と俳優の関係よりももっともっと、密接で、貴重で、大切なものなんだろうなって、思いました。

そのことを思った後で、あらためて表現者と受け手の関係を思ってみると、

作家と俳優、えんげきと観客だって、詩と読者だって、

ほんとは、生易しくない関係なんだよな。

そのかけがえのなさがさらに身に染みて、ますます、感謝でいっぱいになっちゃった。

うわあああああ。生きてるって、誰かとやりとりできるって、大変なことなんだなあ。

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昨日は、川口から帰ってきて、まさに土用のまんなかじゃん!と気づいてあわてて土用干し。

寝不足で、アツくて、疲れてて、まともにしごとができなくて、ぐちゃぐちゃになった。

でも、梅はやさしいというか、自然はあたたかいというか、きっと、おいしくできると思うんですよね。

そして今日は、降ったりやんだり曇ったり晴れたり。

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夏の、青空です!

てなわけで、とっても長々と書きましたが、

言いたいことはほんとに

とにかく、ほんとに楽しかった、しあわせだった、みなさんありがとうってことです。

感謝です。

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